大野七実さんの花器

工房でも植物をたくさん育てていらっしゃる大野七実さんから、

花器が届きました。

「紫陽花」

「鈴蘭」

どちらも口が四角の形が特徴の、七実さんならではの花器、

口元でそっと植物を支えてなんとも優しい姿です。

アジサイ、スズラン、

それぞれに化粧土を何層にも重ねて立体的に仕上げられていて、

まるでそこにお花が咲いているようです。

さて、次は咲き始めた紫陽花を挿してみましょう。

 

言葉の日

「ね、知ってた?
きょうは言葉の日なんだって。
言葉の日、おめでとう」

10年前のきょう5月18日、蜜柑の花の香りが降る夜、
本や詩や手紙を愛してやまない友がおしえてくれたこと。

いつもそばにいてくれる言葉たちに、
「ありがとう」と「おめでとう」の気持ちを込めて、
きょう、あたらしいノートを開こうとおもいます。

宇佐美智子「言葉の日」
気まぐれ18日更新

今日はご挨拶も兼ねて、一冊の本のご紹介を。

『本の島 vol.1』
−「本の島」上陸に向けて。 本の島 News Letter No.0 津田新吾

文芸・人文書の編集者、津田新吾さん(*1)が生前構想をしていたブックレーベル「本の島」。
早くに旅立たれ、「本の島」が出版社というかたちをとることは叶いませんでしたが、
島へといざなう同志に向けた手紙を「本の島vol.1」(2012年5月刊。「本の島」編集部)で
読むことができます。

巻頭6頁にわたる「本の島」への希望にあふれた手紙をはじめて読んだとき、
宝物を見つけたように心ふるわせたことを覚えています。

綴られているのは、南の海に浮かぶ白い珊瑚のかけらから生まれた島の物語。
嵐と平穏を繰り返し、幾千幾万の日々と島の隆起とともにさまざまな「はじめて」がおこります。
鳥の飛来、流れ着いた種子の芽吹き、さらなる隆起に川と滝がうまれ虹がかかる、蝶が舞う‥
けれど島に「人」が現れるのはまだ先のこと。

“太陽が昇り、太陽が沈む。月が満ち、月が欠ける。”

長い漂流を経ていつしかたどりついた「人」はついにあるものを島に運びます。

“太陽が昇り、太陽が沈む。月が満ち、月が欠ける。やがて島に人が流れ着く。最初の人は果樹の種を運んだ。種を撒き、植えた。強烈な太陽の光が植物を育てる。貝を採り、魚をつかまえ、食べた。二番目に流れ着いた人は植物の樹皮から繊維を剥がし、身に纏う衣服を作った。樹木の葉を集めて家も作った。三番目に流れ着いた人は、犬、山羊、孔雀を連れてきた。動物たちは野へ散り野生化した。漂流民は定着した。太陽が昇り、太陽が沈む。月が満ち、月が欠ける。島に流れ着いた新たな人は、長い漂流の果てに言葉を運んだ。一冊の本だ。本のかたちをした言葉。読まれるのを待つ言葉。書かれた言葉。騒がしい話し言葉ではなく、静謐な言葉がやって来た。島に最初の本がやってきた。”

この章の頃にはすっかり自分も島民の一員の気持ちになっていて、
はじめて「本」が運ばれるさまは何度読んでも胸が熱くなります。
読む度に「本」と出会い直している様にも思えます。
けれど、貝や魚を食べたり、服を着たり、家を作るのと同じように、
「人(わたしたち)」と「本」とのかかわりはとても自然なこと、
生きることととてもちかいことだったのかもしれません。

そして考えます。
同じ海にあるほかの島々のことを。うつくしい群島。
そこにはきっと「工芸の島」もある、と。
(「工芸の島」を作りたい!)

*1 津田新吾さんのお仕事と「本の島」についてはこちらに詳しく書かれています。
http://honnoshima.blogspot.jp
編集を手がけられた堀江敏幸さんの「おぱらばん」や
須賀敦子さんの「時のかけらたち」などをお読みの方もいらっしゃることでしょう。

また、「本の島vol.1」をしばらく、ヒナタノオトの本棚にそっといれておきます。
ご興味のある方はぜひご覧ください。

お気に召すまま

今月から月に一回程度、
スタッフの佐藤暁子ことnomamaさんからのメッセージをお届けいたします。

ところで、上機嫌、ってすばらしいですよね。
彼女の笑顔に触れるたび、いつもそんな風に思います。
心身共に健やかっていいなぁって。
けれど、その笑顔を支えているのはこまやかな思いやり。
その笑顔と心配りにスタッフ全員助けられていることも、ここに告白しておきましょう。
(面と向かって言えないですものね、ふふ)

日々の中でひとりの「上機嫌!」な女性が感じることごと
本人は「箸休めの気持ちで、お気に召すままお読みください」と申しております。
では、では、こちらもどうぞよろしく!お願いします。

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皆様こんにちは。
スタッフの佐藤暁子です。
nomamaの名前で織ったりワークショップを開いていますので
「のままさん」「のまちゃん」などと呼ばれています。
スタッフになって3年目の春、
ヒナタノオトのブログに毎月文章を載せる事となりました。

3年目になると作家仲間やお客様にも単純な性格がバレて来ましたが、
初回という事で自己紹介を。

「繊細でエキセントリック」に憧れ続け、
若い頃から試行錯誤を繰り返してみましたが、
親から引き継いだDNAには抗えず、残念無念
「ご機嫌で能天気」が私を表す言葉となっています。
ヒナタノオトのスタッフになって、この性格を言葉にして「いいね」と
大いに認めもらった事が自分の中では大きな変化になりました。

こんな私が「作り手」と「つなぎ手」としてバランスをとりつつ、
どんな形で皆様のお役に立てるか…
そんな事を考える日々にオットが面白い話をしてくれました。

本好きのオットがあるエッセイを読んだ話です。
オーロラを見に行った著者の友人、10日間の滞在中、
前半は関西から来たおばちゃんグループと、
後半は山の手のおばさま達と行動を共にした。
関西のおばちゃん達はとにかく明るく笑いが絶えない。
不思議なことになかなか見られないオーロラが毎日見られ、
一方、山の手のおばさま達は、口を開けば誰かの文句やツアーの不満ばかり。
こちらも不思議な事に、オーロラがピタッと見られなくなってしまったのだそうだ。
著者の友人はひとつの啓示を得る。
「明るく前向きなエネルギーは、オーロラを呼ぶ」

北極圏まで行かなくても、人との出会いや毎日の暮らし、
仕事の細部にオーロラは現れると思っています。
それは、その時々をどんな気持ちで臨むかによって変わってくるものだとも思います。
自ら楽しんでいれば、楽しいこと嬉しいことで満たされる。
本当にそうだな…とヒナタノオトのスタッフになってからの日々を思い返しては納得してしまいました。

オット曰く、私は「先天性 オーロラ組」との事。
こうなったらこの性格を「いいね」と認めてくれた場所で最大限に生かすしかありません。
この根っからのご機嫌力で、ヒナタノオトに集まる皆様とオーロラを存分に楽しみたいと思っています。

ブログでも店頭でも、どうぞ宜しくお願いいたします。

菅原博之さん・角のうつわ

菅原博之さんの白漆のうつわ

どんなものでも受け入れてくれる、使うたびにいいなぁと思う、うつわです

白漆の風合いが盛り付けたものをより引き立ててくれます。

四方の角のほんの少しの丸み、内側の繊細な幅、菅原さんならではの思いを感じます。

そして、外の下側は少し立ち上がっているため、持ち上げる時に手が入りやすいし、何といってもうつわ全体がスッと自分の方へ近づいてきます。

 

楽しくっていろいろと・・・

上から見ると、額縁のようですね。

朝食プレートにも大活躍!

 

中本純也さんの白磁

我が家で最も出番の多い中本純也さんのリム鉢

7寸皿

どちらも縁の柔らかな線が好きです。

帰宅が遅くなり、ささっと簡単おかずでも、中本さんの器で食べると、ホッとします。

デザートはもちろん、中本さんのリム5寸皿でいただきます。

手しごとの庭

新年あけましておめでとうございます。

2018年、まっさらな時間を目の前にすると、
まっさらな気持ちが満ちてきます。
正月という節は、美しい余白を与えてくれるんですね。

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昨年は、作り手の方々から新たな展開をうかがうことが多くありました。
土地や家を手に入れることになったひとたち。
工房や自らの作品を展示する空間を創りだしたひとたち。
おめでとう!おめでとう!!
そのような話をお聞きするたび、うれしくって仕方ありません。
皆さん、それぞれにお仕事が充実してきた証ですね。
次の地平に漕ぎ出して、いっそうご自身の想い描いてきた制作、
人生に邁進されることでしょう。

出産や、お子さんの進学などの成長の節目のお話を伺うことも多くありました。
待望の第一子や、二人目の子の父や母となったひとたち。
手のかかる幼子が、高校や大学に進学する眩しい青年の親となったこと。
おめでとう!おめでとう!!
その姿に触れるたび、うれしくって仕方ありません。
子どもの成長は、そのまま親の成長でもあるんですね。
育児と共にあった時間の中で、濃密に、精一杯、制作に励んだ実りは、
子どもから少しずつ手の離れていく時間の中で、
一層密度を増して、輝き出すことでしょう。

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元日という余白の時の中で、久しぶりに自著を開いてみました。
「手しごとを結ぶ庭」
2006年11月発行。
ヒナタノオトは2006年12月1日にオープンですから、
初めての出版と、初めての自らの店舗の開店が同時進行でした。
その渦中にいるときは意識していませんでしたけれど、
大きな波のような時間だったのだと思います。

「・・・
けれど、機は熟した。
今、ここに、私なりの小さな実を結んだ。
それを実感することも大切な仕事なのだ。
このままここに留まっていたら、いつのまにかに腐ってしぼんでしまう。
実ったささやかなものをこそ弾かせることこそ、
次の花や新しい果実につなげていくこと。
そう気持ちが固まっていった。」

長く勤めた会社から出て、自らの店舗をひらくときに綴った文章。
11年が経って、新鮮な想いで再会しました。

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「・・・
私が夢想するのは、花壇あるいは畑や庭。
もっと言えば土。作家や作品と根っこから関わっていきたいと思うのだ。
作家や作品を集めるというより、それらが生長していくような場。
作品が生えてきたり、実ってきたりするように感じられる、
ほかほかの土のようなショップ。
そんな場所を創っていけないだろうか。」

あらためて出会ったこの文章には、
今も変わらない仕事への想いの原点が綴られています。
この想いを胸に抱えて浜町のビルの二階で
ヒナタノオトを開いたのでした。
この根っこの想いが、現実のさまざまな大波小波の中でも、
行く方を見失わせずに、こうして仕事を続けさせてくれました。

それでも、あらためて思い返すと、
日々の中でかたまってしまっている「土」や、
耕せていない「土」もあるなぁという気づきます。
できてきたこと、まだできていないこと。
まだ花や果実を見れていないけれど、
これからの時間の中で、ぜひ咲かせたい花、
実らせたい果実があることに希望が湧いてきます。
そのために、「土」をふかふかとさせたいと。

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一昨年、昨年といただいた実り。
それらを次に弾いていくための力に出来ればと思います。
新たな気持ちで、ふかふかな土、場をつくっていきたい。
元日、そのことを深く思いました。

成長、進化しながら制作の、人生の時を熟していく作家たち。
出会えたそれらの人たちから佳き刺激をもらい、響きあいながら、
私の庭作り、人生の時を熟していこうと思います。
そんな場を「手しごとの庭」と心の中でなづけて、
その構想をたずさえて、新たなフェーズに入っていこうと思います。

一滴(ひとしずく)

建築家は どんな家をつくるか いろいろ考えて 設計します
作曲家ににています
建築家は その家ができあがるまで 工事のかんとくをします
オーケストラの指揮者ににています

「ル・コルビュジェ 建築家の仕事」
現代企画社
作 フランシーヌ・ブッシェ ミッシェル・コーアン
絵 ミッシェル・ラビ
訳 小野塚昭三郎

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「工房からの風」が終わって一息ついたころ、
私の誕生日が巡ってきます。

野外展の日、会場である庭で、
友から少し早いプレゼントを受け取るようになって10年になるでしょうか。

今年の贈り物が、この絵本でした。

コンクリートのような質感と色合いのボール紙の暑い表紙。
鮮やかな色のコントラストも、紙の風合いの中でシックに感じられます。

「工房からの風」のディレクターは、
作曲家よりオーケストラの指揮者ににています。

添えられたバースデーカードには、こう綴られてありました。

タクトではなく、今年は雨対策でスコップ持っていた私だけれど、
学生時代からの友人がそのように感じて、伝えてくれたことが、
何よりの贈り物になりました。

この本は刷りたてほやほやだそうで、代官山猿楽祭のイベントで、
末盛千枝子さんの講演会で見つけてくれたとのこと。
サインも添えられてありました。

末盛さんといえば、末盛千枝子ブックス。
ヒナタノオトでもご紹介していました。
(現在はすえもりブックスを閉じられて、新たな活動をされています。)
詳しくはこちら → click

この本を手にしたのも、「工房からの風」の日。
手仕事の庭の中で、この友の手からでした。
そう、この庭で初めて受け取った友からの贈り物が
「ゴールディーのお人形」(M.B.ゴフスタイン)だったのでした。

この本との出会いを書いた昔のブログを久しぶりに探し出してみました。
2007年10月。
ちょうど10年前だったんですね。
→ click

昔の記事を読むのはどこか恥ずかしくもありますが、
当時の新鮮な想いが綴られています。
変わらない想い、進化した想い。

本。
それは読んだときに気づいたり、感動したり、新鮮な想いに包まれるけれど、
そのストーリはいつしか自分の時間、人生と撚りあって、
自分のストーリーに織り上がっていく。
今の私の中には、一滴(ひとしずく)、この本の養分が流れているのだと思います。

壁を飾る

菅原博之さんの「花カベ」と名付けられた掛花入れ、
下の方が上の部分より小さく作られていて壁にかけると口が手前になるため、
植物を挿すと私と向かい合います。
今日は、鉄線の実と、、

壁側の中央に光が入って美しいです。

とりもと硝子店さんの 「シリンダー」
ガラスと水がつくりだす表情、フックも自作です。

壁に花を描いたように見えますね。

そして、最近のお気に入りが穀物や種を入れて壁を飾ること。

光が射すと、氷のようなきらめきになるところも美しいのです。

ちいさなうつわ (ガラス編)

掌におさまるくらいの大きさのうつわが好きです。

由良園さんの「花びらの小皿」
楡の木の下で花びらが風に舞う様を見て描いた、
とお話をうかがいました。
花びらは外側を削っているため、
表面から見るとその立体感でまるでうつわに舞い降りたかのようです。

由良さんの手は、ガラスのカッティングにも
素晴らしい意匠を作り出します。

縁の厚みは同じですが、外側はカットした面と吹いたままの部分が交互になり、
縁よりも少しはみ出した部分が受ける光の屈折具合が絶妙です。
うつわの中に入れた物の色が、口の部分に映り込むのです。

津田清和さんのうつわは様々な技法でそれぞれの美しさが輝きます。

夏のおたのしみ桃サンド 

食の時間をことに大切に暮らす陶芸作家の松塚裕子さん。
桃の季節ならではの記事をお寄せくださいました。
読み終わったら、すぐに桃を買いにいきたくなりますよ、きっと。

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今年も大好きな桃の季節がやってきた。
箱を開けると、ふわふわと光る産毛につつまれた美しい色の桃がごろごろ。
小さな生き物を愛でるようにそっと手の平にのせて、
しばしその手ざわりや重みを楽しむ。
追熟を待つあいだに、部屋の中にひろがる香りまで甘くおいしい。

果物はまるかじりが一番!という家だったので、
夏の朝には洗っただけの桃がそのままごろんとお皿にのってでてきた。
実をきずつけないよう、淡い色した薄紙をはがすように慎重に皮をむいて、
クリーム色の果実をがぶり。
起きたての、額にぺっとりと張り付く髪もそのままに、
あふれる果汁で手をべたべたにしながら無心で食べる桃の美味しかったこと!
物心ついてから、よそのお宅で美しいくし形に切りそろえられた桃が出てきたときは、
「桃ってこうやって食べるんだあ」と心底おどろいた。
桃サンドのことを知ったのは、
どこかで読んだ川上弘美さんの短編小説だったと思う。
そこに出てくるのは、切った桃を食パンにはさむだけのシンプルなものだった。
桃のみずみずしさをパンで受け止めるようにして食べる場面がずっと心に残って消えなかった。

さまざまな記憶の中の桃の姿を追いかけながら、
この夏何度もくりかえし作った桃サンド。
まるかじりを存分に楽しんだのち、
夏の昼下がりにしっとりと冷やして、ぜひ召し上がってみてください。

材料 
桃 1個
サンドイッチ用の薄い食パン(おすすめは10枚切りのもの) 4枚
生クリーム(乳脂肪分が40以上のもの) 150ml
砂糖 大さじ2~お好みで
水切りヨーグルト 大さじ3~お好みで
※ヨーグルト200mlをコーヒーのフィルターに入れて一晩ほど水切りしておく
レモン果汁 大さじ1

1・桃の皮を丁寧にむいて、くし形に切り分ける。変色しないようにレモン汁を振りかけておく。

2・生クリームに砂糖を加え、氷水にあてながらとろんとするまで泡立てる。

3・2に水切りヨーグルトを加えて、パンに塗れる固さになるまでさらに混ぜる。
  加えるヨーグルトを増やすと、よりさっぱりめに仕上がります。好みに合わせて加減してください。

4・パン4枚全てに、クリームをこんもり塗る。真ん中にむかって少し多めにのせるとよいです。パン2枚分に、くし形にした桃をのせてクリームを塗っておいたパンでサンドする。上からむぎゅっと全体をやさしく押して、パン、桃、クリームを密着させる。

5・4をそれぞれラップでぴっちりとくるみ、冷蔵庫へ。1~2時間ほどねかせて、全体をなじませてしっとりさせる。

6・耳を切り落として、お好みの形に切る。

できあがり。桃はぜひ、完熟のやわらかい甘いものを!

Text,Recipe & Photo | 松塚裕子

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松塚さんの器に盛った桃サンド。
なんともおいしそうですねーー。

松塚さんからは少し前にご寄稿をいただきながら、
すぐにアップできずにすみません!!でした。
桃もピークが過ぎてしまいそうです。
ぜひ、どうぞ、お早目に。
新たな記憶の頁、おいしく綴ってみてくださいね。

松塚裕子さんのHPはこちらになります。
→ click