希えば叶う

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新年明けましておめでとうございます。

今朝私が目覚めた千葉県では、晴れ晴れとした元旦。
清々しく2019年が始まりました。

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目まぐるしく走り抜けた12月。
大晦日を楽しみにしていました。
30日までにさまざまなことを済ませて
(実際には済ませられずに持ち越し案件多々ではありますが!)
31日は私物、部屋の片付けに没頭すると決めていたからです。

押し入れと天袋、そして物置と化してしまった小さな洋室。
そこには捨てられずに溜め込んだままになっている手紙や写真、
その場しのぎで仕舞い込んだ衣類や眠ったままの着物類や
雑貨の数々が、その場しのぎ的に増やした収納具の中に
無秩序にしまい込まれているのでした。

昨年の秋くらいからでしょうか、
私の中で、少しずつ片付けの機運が芽生えてきたのです。
何がどこにあるべきなのか、
何はもう必要ではないと思えるのか。
あるべきものがあるべき場所に。
自分のこれからの時間に必要なものの輪郭が
うっすらとながらも確かに見えてきたのは喜びでした。
そう、まさに芽生え、生まれてきたかのような祝福!
(ちょっとオオゲサですけれど・・)

日中、あたたかな時間のうちには窓を開けて、ほこりを出しながら、
一気に押し入れの服を秩序立てて、新たに考えて買い足した収納具に分別して納めました。
処分するものも潔く。
心に描いた設計図をもとに、押し入れと天袋を有効に埋めていくと、
物置化していた小部屋がうんとすっきりとしてきました。

冬の日は短く、あっという間に日が傾きかけてきます。
衣類、雑貨のめどをつけて、いよいよ今日のメインイベント!
書類や写真の整理を開始です。
暖かな部屋の中に、開かずの?引き出しの中のものをすべて放ち、
捨てるもの、それ以外をカテゴリー別に分けていきました。

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ノートが幾つかの抽斗や棚から出てきました。
どれももちろん見覚えのあるノート。
開けば書いた当時のメモのような、
日記のような想いがランダムに綴られていました。
金沢に暮らした20代の私、俳句に夢中だった頃の私、
ニッケに入って少しした頃、結婚したばかりの私、
デンマークに通い始めた頃、工房からの風を夢想していた頃の私、
ヒナタノオトを開こうと思った頃・・・
もわもわっと曖昧な想いを文字で綴ることで
その輪郭を探ろうとしていた当時の私がそこにいました。

2018年の大晦日の日、再会を果たした当時の私とその想い。
驚いたのは、そこに綴られていたことの多くが実現していたこと。
デンマークとこんな風にかかわっていきたい、
工房からの風がこんな風になってほしい、
本を出せるように、
ギャラリー・ショップを開きたい
・・・
   ・・・
どれもが紆余曲折を経ながらも、今の姿に通じていたことが不思議なくらいでした。
もちろん、一気にそうなったわけもなく、悔しさや空しさ、
悩みや悲しみの日々がその先にはあったのですが、
なぜかそのときの言葉、文章はないのです。
もわもわとしながらも、希望をこめた言葉や文章ばかりがノートには綴られてありました。

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希えば叶う

あらためてこの言葉を2019年の新年に綴ろうと思います。
希うことは、種を蒔くこと。
芽吹かず、花ひらくことのない種もあるでしょうが、
それでも種を蒔くことを続けていきたい。

精一杯の整理整頓は、私の心の庭の整理整頓でもあったのだと思います。
役を全うしたものを感謝とともに手放し、
草むらに紛れて気づけなかった芽に光と水と風を渡す。
希いの輪郭を日々の中で立ち上げていこうと思います。

結ぶ庭

今、私の希いをひとことで書けば、結ぶ庭。
このことについて、新しいノートにつらつら綴っていこうと思います。
いつかその希いが姿になっていることを想いながら。

(写真は2015年12月にデンマークの古都リーベで撮った朝焼けと虹)